当会が使用する社会教育部分室を「不法占拠」しているかのように宣伝し、明け渡し訴訟を提起するとした奥本務市長の行為は誠に遺憾であり、高槻市史の外国人政策に大きな汚点を残す極めて残念な行為です。
奥本務市長は2期目を目指した2002年3月頃、同和対策特別措置法が期限切れを迎えたのを機に、市教委の幹部に「部落の特別対策は終わった。朝鮮人の特別対策も終われ!」と「在日韓国・朝鮮人教育事業」の廃止を強く指示しました。当時、市教委は在日外国人教育について、1999年9月に策定した「人権教育基本方針」、その具体化のため2000年4月に策定した「人権教育推進プラン」の中に位置づけ、「在日外国人教育を推進していくため、これまでの手法と実績を生かし在日韓国・朝鮮人教育を、多文化共生教育への視点に立って、21世紀に対応できる在日外国人教育として発展させるよう努めます」という姿勢でした。それを奥本市長が強引に「廃止」にねじ曲げたのです。混乱は、このことから始まりました。次いで、奥本市長は在日韓国・朝鮮人教育事業を担当する在日韓国人職員に公金詐取の濡れ衣を着せて、在日韓国・朝鮮人教育事業を潰そうとしましたが、これも失敗に終わりました。そして2003年3月31日、ついに市教委に学校子ども会廃止を強行させたのです。これによって、外国人の子どもたちは差別から守られる教育を奪われ、苦しい思いをしながら学校に通わざるを得なくなりました。この副作用として、これまで「学校子ども会は大切だ」といっていた教師たちが、子ども会が潰されても何もしなかったことで、外国人の子どもたちの心の中に「教師不信」を芽生えさせてしまったことは、取り返しのつかない失策です。
そこに、今回の「明け渡し訴訟」の話です。これまで、市教委は分室の明け渡しを文書で幾度となく求めてきましたが、35年来の信頼・協力関係を一片の文書で片づけようとする姿勢には誠意を感じません。当会は、繰り返し明け渡しの説明を求めてきましたが、市教委は一切応じようとはしませんでした。一度、話し合いに応じる姿勢を見せたことはありましたが、すぐに、延期を申し出てきて今日まで実現していません。恐らく、十分な説明責任を果たす自信がなかったために延期したのでしょうが、誠意を持った話し合いが一度も持たれることなく、いきなり訴訟を提起するというのはいかがなものでしょうか。ここにも、奥本市長が外国人教育潰しに執着している「乱心」ぶりが現れているのではないでしょうか。今回の「明け渡し訴訟」が単なる建物の明け渡しを求めているのではなく、その背後には「外国人教育潰し」があることを見通していただきたいと思います。
差別のない高槻市は、長年高槻市が目指し、努力してきたことです。その基盤を、外国人を差別する一時期の市長によって壊させてはなりません。関係各位のご理解とご支援を要請する次第です。
なお、当会は、これまで奥本市長や教育長に対して、繰り返し、繰り返し話し合いを求めてきました。今後も、話し合いによる解決を目指していく姿勢に変わりのないことを申し添えます。
2006年 9月 6日
高槻むくげの会
会長 李 敬宰